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火宅喩あるいはタイタニック症候群

 11月の日曜日に、妻と二人で深川のお不動さんに行ってきました。深川のお不動さんと云うのは、千葉の成田山新勝寺の別院で、私は、まだ行ったことがありませんでした。確かその近くに富岡八幡宮があり、そこは子どものときに父親に連れられて行ったことがあり、朱塗りの社殿をもう一度観たいと思っていました。(朱塗りの社殿は、絵葉書の記憶かもしれませんが・・・)

地下鉄の門前仲町からでると、ちょっとした門前町の風情を楽しみ、本堂に向かいました。本堂の中には参拝順路あり、入口近くの旧本堂の場所には大きな木造の、おねがい不動尊が安置され、初穂料1ヶ月間1万円以上と大きく書いてありました、本堂はどこなのかとみると、旧本堂の横に位置し、護摩壇と階段状の長椅子が見えました。千葉の成田さんの本堂は畳敷きですが、こちらは椅子席でしかも階段状です。この新本堂は4階建てで順路に従って一回りすると、なかなか見応えのある場所でした。またお賽銭銭箱の多いのには、びっくりしました。ざっと計算しても500や600ではなく、1000以上はあると思われました。また仏像の奉納は、3寸で50万円、1尺で500万円とありました。昔サラリーマンの時に、千葉の成田山に大塔を建立するというので、黒い袈裟を着たお坊さんが二人で、会社に寄進の依頼にきた時を思い出しました。成田さんは商売が上手だと誰かが言っていましたが、考えられ得るすべての場所にお賽銭箱を置く企業努力(?)、これは商人として学ぶべきことなのかもしれないと思ったものでした。
順路を回り終えて本堂に戻ると、丁度護摩修業の時間になっていましたので、椅子に座って参拝することにしました。千葉の成田山とほぼ同じやり方で、大太鼓が鳴り響き、お坊さんの1団がホラ貝の先導で入場、お経をあげながら護摩が焚かれます。最後のお説教で終了です。

お不動さんを出て、お昼は、深川飯を食べました。物の本によると、明治時代、深川飯と云うのは最下層の人が食べるもので、臭いので鼻をつまみながら食べたとありましたが、鼻をつままなくても、美味しく食べられました。
富岡八幡宮は、お不動さんのすぐ隣りにありました。境内では、骨董市が開かれており、社殿に向かうと中で結婚式が行われて、何かうれしいような気分を頂きました。

帰りに喫茶店に入って、一休みです。そこでお不動さんで頂いた雑誌を開いてみました。この雑誌の巻頭言に有名な「火宅の話」がでていました。法華経の中にでてくる火宅喩の話です。
或るところに長者の邸宅があったのですが、そこが火事になってしまう。中にいた子どもたちが遊びに夢中なって、家が火事になっていることに気がつかない。父親は早く逃げるようにと促すが、子どもたちは聞き入れようとしない。そこで父親は一計を案じて「外 には羊・鹿・牛の牽く車があるぞ」と呼びかけると子どもたちは火宅から走りでてきた。
と云う話ですが、この成田さんの雑誌では原発についてふれており、今原発について国論が二分し、論争が行なわれている。どちらにも言い分・利があるようにみえるが、原発温存論者の視点は、火宅喩の子供たちと同じで、目先の生活とか原発関係者の利益のことしか見えていない。原発の安全性が仮に100パーセント確保されたとしても、放射性廃棄物の処理方法・廃棄場所な何一つきまっていない。子孫が放射性廃棄物に埋もれるのを、み仏たちはお許しにならない、というものでした。タイタニック症候群というのも一緒で、乗客も船員たちも世界一の豪華客船に興奮し、気が付けば氷山と衝突してしまったのです。

帰りの電車の中で今日一日を振り返り、私も火宅の子供たちや、タイタニック症候群であってはならないと思いつつ家路につきました。日本では原発に反対する人が7割だそうですが、原発を推進する自民党が第一党になり、その辺のギャップは、少選挙区制のひずみなのか,多数の政党が乱立したせいなのか、棄権者が多かったのか・・・
子どもたちに少しでも、負の遺産を減らしたいと思っているのですが、まだまだやることがいっぱいあるのです。

在庫品
『法華経大講座 全12巻揃』
小林一郎 著 久保田正文 増補/日新出版/昭和41発行/\18,900 (本体 \18,000)
5版 函イタミ ビニールカバー  蔵書印 小口シミ 第3巻・10巻本文ヤケ 少線引き
2012.12.18
書物のまほろば バックナンバー目次
直角になって咲いたスパティフィラム
自然と人間との闘い 人間同士の闘い そして共生の大切さ
父の従軍日誌
「楚囚之詩」のコピーを、自由民権資料館で見つけた。
「内容見本」は、死語なのでしょうか・・・
グーテンベルグ博物館訪問記
環境問題について
心の煤払い
呼吸法
ぼくの老後

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