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ぼくの老後


昨年3月に愛知県の友人から、1通の手紙をもらいました。この方は、大変な読書家なのですが、「やっとひいきの作家が見つかりました」と、手紙に、ある作家のエッセイをコピーして、同封してくれました。そのエッセイは、「ぼくの老後」と題されており、その論旨は、次のような内容です。

自分は、貧乏人だが、いい加減な人間ではない。ちゃんとした生き方を持っている。今まで、一生懸命働いてきたので、死ぬまでの時間を15年間と逆算して、どうして過ごすか、と考えると、旨いものを食べ続けながら、本を読んで死のうと思う。死ぬ時もっていけない家にお金をかけたり、高価な衣服を買ってもしょうがない。

食べ物は、自宅の庭で野菜を作り、好きな毛がにや、マツタケも堪能しているし、特に紅ジャケが、好きで北洋物しか食べない。外出して列車に乗るとき紅ジャケ弁当がないと、タクシーで百貨店を巡り、紅ジャケ弁当を探し、どうしてもないときには、生の切り身を買って、その場で焼いてもらう。 

お金が、無くなったら、今住んでいる家を売って安アパートを借りて、旨いものを食い続けたい。

というような内容のものでした。誠に、さわやかな感じで、共感の持てるエッセイでした。

特にこのエッセイを読んだあとに、一つの出来事に遭遇したのです。それは、わが家の庭で、ご近所の生協の皆さんが、商品の仕分けをしている時に、私は、お花見に行きませんかと誘ったのでした。そうしたら、急に行こう話しがまとまりましたので、お隣りの70代のご主人にも声を掛けてみました。そのご主人は、今日は調子が良くないけれど、明日、調子が良かったら行きましょうとの返事で、さらに、夕方わざわざ出席しますと伝えにきてくれました。その時の四方山話で、自分の女房は、耳が遠くて不自由しているし、私が先に死ぬわけにはいかないし、もうひと暴れしたいと繰り返し言っておられました。「もうひと暴れ」ってどういう意味だろうと思ったものでしたが、その晩、そのご主人は、脳梗塞で倒れ救急車で病院に運ばれ、帰らぬ人となってしまいました。

友人からもらったエッセイや、このお隣のご主人のことから、なるほどやりたいことをやって死ぬのが一番と思ったものでした。

このエッセイを書かれた作家は、小檜山博さんで、彼の小説「地の音」を読んでみました。もちろん小説ですから、彼の、実体験とは、異なるのでしょうが、でも彼の実体験を土台に書かれた小説でしょう。

その小説では、戦後の厳しい環境のなかの北海道で、貧しい農家に生まれて、中学を出たら働けと言われたにもかかわらず高校に進学。親もとを離れて高校の寮生活をするが、繰り返し親から、授業料が払えないからと退学を迫られ続けたことが、書かれています。

さらに、3度の食事にも不自由をして、寮生が、集団で近くの畑から、農作物を盗み、農家の人が、クレームをつけにくると、「わが校の生徒にそんな、不届き者はいない」とかばう先生。その先生は、授業料滞納が続くと、先の分まで払った生徒の授業料を調整して、当面のつじつまを合わせてくれる。

もし私が、こんな状況になったらすぐに学校をやめて、働いて、当座の生活費を稼いだろうに、こういった壮絶な高校生活を経ての人生を類推すると、「旨いものを食い続けて、本を読みながら死にたい」というのは、充分分かりすぎるくらいに分ったのでした。

しかしながら、頭の中にひっかることが、いくつかあったのです。まず、旨いものを、食い続けて、やりたいことをやって、死ぬのもいいけれど、もし、病気で寝たきりになったりしたら、どうなるのだろうか? 長期入院となったら病院代も大変だし、結局子供たちが出し合って、病院代を支払っているというケースもよく耳にする。昨年は、妻が病気で入退院を繰り返し、医療費には考えさせられたし、おまけにわが家は、老朽化しており、すぐにでも、手をつけなければならない状態なのだ。子孫に美田は要らないけれど、ある程度の老後の備えがないとまずいと、気づいてその旨、エッセイを送ってくれた友人に手紙を出すと、彼から早速返事が来て、私の言いたかったのは、早めに老後の備えをしなさいということですと言われてしまった。

そうなのだ。私には、そういった人生設計が著しく欠けていたことに気づかされたのです。さらに人生ということを考えると、祖先、親、子供、孫といった流れのなかで、中間ランナーとして、子供達や、孫達に伝えなければならいことも沢山あるはずだ。さらに自分を取り巻く周囲の皆様に、少しでもお役立ちが出来て、はじめて私の存在価値が出てくるのでは、と思い至ったのです。

小檜山博さんは、実績も残しそしてあざやかな人生を送られているが、他人に迷惑をかけっぱなしの私は、自分のことだけでなく、さらに少しでも周囲への配慮をし、支えあってこそ人生と改めて、思うようになったのでした。

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